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Interview


AMED希少・難治性疾患の克服に関するELSI研究 ~研究班代表インタビュー

希少・難治性疾患が抱える課題を考えるうえで、「倫理的・法的・社会的課題(ELSI:Ethical, Legal and Social Issues)」の観点が重要となってきています。「希少・難治性疾患領域のELSIについての課題を現場目線から掘り起こして言説化し、可能であれば理論的な研究と突き合わせて一般化する。『社会にはこうした問題がある』ということを世の中に知ってもらうことが、まず大切」と、山本先生は語ります。希少・難治性疾患の克服する未来に向けて、今ELSI研究が果たす役割と研究班が目指すものについて、お話を伺いました。

研究開発代表者 ⼭本 圭⼀郎

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター・臨床研究センター・臨床研究統括部 部長補佐/生命倫理研究室 室長

山本先生の研究班では、ELSIについて研究していると伺いました。参加しているメンバーはどのような方々なのでしょうか。

はい、私たちは研究開発課題「AMED希少・難治性疾患の克服に関するELSI研究」(以下、「希少・難治性疾患ELSI研究班」)を、2020年11⽉末から14名体制でスタートしています。ELSIとは「倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legal and Social Issues)」のことです。2000年の始め頃から、特に欧米でELSI研究の重要性が高く認識され始め、日本でも着目されるようになりました。私たちの研究班では、希少・難治性疾患に着目して研究活動を進めています。

メンバーは、国立国際医療研究センターをはじめ、国立がん研究センター、国立成育医療研究センター、桃⼭学院⼤学、東京⼤学医科学研究所、群⾺⼤学、一橋大学など、多様な専門家で構成されています。私は哲学・倫理学が専門領域ですが、そのほか、生命倫理学、研究倫理学、法学、社会学、再生医療、ゲノム医療、疫学などを専門とする方々が加わっています。また、この研究班には、患者支援の専門家としてNPO法人ASridも参加しています。

希少・難治性疾患領域特有のELSI上の課題は、ありますか? もしあるならば、どのような側面でしょうか。

私たちは、この疾患領域特有のELSI上の課題があると考えています。でも、こと現在の日本においては、その課題を明示するまでには至っていません。ですから私たちは、希少・難治性疾患におけるELSIの特徴を描き出し、他の領域のELSIとどう違うのかを明らかにしようと研究を進めています。

これまでの研究を通じて分かってきたことは、医療へのアクセスやプライバシー保護といった患者さんたちに直接に関わることだけでなく、発症前診断の是非、ゲノム編集を使ったデザイナーズ・ベイビーの問題、さらには、カップルがお互いの遺伝子情報を調べた上で結婚するような「婚前マッチング制度」など、個人の選択から社会制度に至るまで、研究の対象が多岐にわたるということです。私たちの研究班では、希少・難治性疾患の克服を考える際に、長い時間軸で見ること、つまり、治療だけでなく、生活、生命、社会制度の在り方にも目を向けて、俯瞰的な視点からELSIの問題を捉える必要があると考えています。

希少・難治性疾患ELSI研究班で行っている研究や班の活動について教えて下さい。

14名のメンバーを、ELSIの具体的な問題を緻密に捉える「マイクロレベル研究班」と全体的に俯瞰して捉える「マクロレベル研究班」という2つサブ・グループに分けて、研究を実施しています。

マイクロレベル研究班では、希少・難治性疾患の克服に向けて、患者さんやご家族、医療従事者・医学研究者など、さまざまなステークホルダー(当該領域における直接の関係者)に生じるELSIに焦点を当てて研究を進めています。ここで扱うELSIの例としては、希少難治性疾患に関する同意取得のあり⽅、プライバシー保護、医療へのアクセス問題、発症前の介⼊の是⾮などです。具体的な研究の取り組みとしては、医療や医学研究の現場におけるELSIを掘り起こすための調査、または、患者さんやご家族など、先ほど挙げたステークホルダーの声を聴き、患者視点のELSIを抽出する、いわゆる質的研究です。調査は、インタビューや質問紙などを用いて行っています。こうした質的研究を踏まえて、⼀般の⽅を対象にした希少・難治性疾患のELSIに関する意識調査も実施しています。

このように、マイクロレベル研究班は、医学や医療の現場の声、患者さんやご家族などの声に耳を傾けつつ現場のELSIを明確化し、取り組むべき課題として言説化を進めています。

他方、マクロレベル研究班では、厚生労働省が掲げる「希少・難治性疾患の克服」をめぐるELSIについて、主に、文献調査やウェブ調査などを行いつつ、この結果に基づく理論的な研究を進めています。ここで扱うELSIとしては、例えば、現在の患者さん、将来発症する可能性がある患者さん集団、まだ生まれてない胎児(未生の子)、カップル成立前のゲノム・マッチングなどに関することが挙げられます。

研究の直接的な成果のほか、将来を見据えた取り組みもなさっていますね。

希少・難治性疾患のELSIという研究領域は、世界的にも新しいものです。2015年ぐらいから希少・難治性疾患のELSIについて積極的に研究しようという流れが、特に欧米で盛り上がり、日本もそれに追いつこうと頑張っています。このような背景から、希少・難治性疾患のELSIに明るい研究者を育てることは、今後の日本にとっても重要と考え、私たちの研究班では若⼿研究者を雇⽤し、各班の研究活動などに従事してもらっています。これまでに、ご就職で退任された方を含めて計4名を雇用しながら、育成してきました。具体的には、マクロレベル研究もしくはマイクロレベル研究に従事して得た成果を、毎月開いている勉強会で発表したり、一緒に論文化を進めたりしているところです。そのうちいくつかは、論文として学術誌に掲載されています。

研究班の活動を通じて、自分の研究室のメンバーだけでなく、学際的な先生たちからの刺激を受けていますし、分野を融合して考えるきっかけになります。例えば、社会学者が、哲学者や疫学者、ゲノム研究者と肩を並べて一緒に議論する機会はなかなかありません。私は学生時代、言語学を学ぶために米国オクラホマ大学へ留学しています。その後、京都大学へ移って倫理学を学び、縁あって東京大学大学院医学系研究科の医療倫理学分野に所属した経緯があります。これらの体験を通じて、学問それぞれの個性を知りました。古代ギリシャ時代以来、学問には普遍的な真理が求められてきた側面があります。このような考えから、現場の個別の声を聞くことは普遍化あるいは一般化できないので学問にはならない、と思われがちでした。また、哲学的議論がそう思われているように、いくら優れた理論でも机上の空論になる恐れもありますし、社会で役立つとは限らないわけです。けれども、今や一般化できるかどうかにはさほど拘らず、質的研究のような研究も進められています。このようにして、新しい学問分野が広がっていく時代になったと実感しています。こうした点も踏まえて、希少・難治性疾患のELSI研究者を育てる際には、多様な学問との接点と、現場の声を聞く機会を大事にしたいと考えています。

現段階での今後の展望について教えて下さい。

理論だけでなく、実践をより一層意識した、いわゆる応用倫理学のカテゴリーに入る研究には、やはり社会の人々が抱いている「もやもや」ないしは問題意識を知るために、現場の声に耳を傾ける必要があります。そうした中から、私たち専門家が想定していなかった問題が浮き上がってくるのです。これを掘り起こして言説化し、可能であれば理論的な研究と突き合わせて一般化できるか検討する。「社会にはこうした問題がある」ということを世の中に知ってもらうことが、大切だと考えています。こうした課題には、マイクロレベル研究班が取り組んでおり、マクロレベル班の研究成果と合わせつつ学会で発表したり、論文化したりしています。

また、国際的な学術研究成果を患者さんたちに届けることも含めて、国内外の情報を収集して公開できる場となるよう、ポータルサイトを立ち上げました。今後の展望として、このポータルサイトのコンテンツをどんどん充実させていきたいと思っています。

この希少・難治性疾患ELSI研究班は、2022年度が最終年度です。両班の研究成果を踏まえて、マクロレベル班が2022年1⽉に実施したWeb調査結果を、今、日本語と英語両方の論文としてまとめて、発表する準備を進めています。この調査は、一般の方々・約11,000人に、希少難治性疾患の認知度やイメージ、医療費負担に関する考え方、研究開発費の支援に関する考え方などについて回答して頂いたものです。多くの方にとって有益な意識調査になっていると思いますので、ぜひ、ご参照ください。やはり調査結果を学術論文として公開し、世界に「日本はこうです」と知らせることは、大変重要だと感じています。日本から世界に向けて英語でどんどん声を届けていければと考えています。

また、来年度以降も、希少・難治性疾患の取り組みや概念整理、患者会の動きといったことを、シリーズで論文化できればと思っています。できれば、さまざまな関係者(ステークホルダー)との意見交換、声を聞く機会を持ちたいとも思っています。希少・難治性疾患領域のELSIには、研究者コミュニティだけで完結するものではなく、医療を提供する側と受ける患者さん・ご家族、さらに患者さんを支援している団体の方々、そういった色々なステークホルダーが関わっています。皆さんとの意見交換を通じて、お互いの理解を深め成長していく、さらに学問研究だけにとどまらないアクションにつなげていく。例えば、今後どのような支援が政策としてあり得るかを行政に向けて提言するための議論の場のようなものを創出できたらいいなと思います。そうすることで、やがて根底にある問題の解決にもつながっていくだろうと期待しています。

続けていくべき研究だと改めて感じました。ありがとうございました。


⼭本 圭⼀郎 略歴

京都大学大学院文学研究科(倫理学専修)修了、博士(文学)。

<編集後記>

山本先生は、2000年頃、とある応用倫理学の講義で「いずれ日本の各病院に哲学者・倫理学者が雇われる時代が来る」と言われていたことを振り返り、「20年経ち、私のように哲学・倫理学を専門とする者が、実際に国立の医療研究機関に雇われる時代が来ました」と語りました。医療現場の倫理的なジレンマに耳を傾けそれを具体化していくことが、希少・難治性疾患領域のELSIの問題を明らかにし、必ず解決につながる道筋となるという、先生ご自身、そしてこの研究班の取り組みの意義が伝わってくるインタビューでした。

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